近年のエネルギーコスト上昇や環境問題への関心が高まる中、「蓄熱」というキーワードを目にしたことはないでしょうか?
蓄熱は目新しい技術ではありませんが、エネルギー消費の最適化、電力需要の平準化、そして環境への負荷軽減に適した優れた技術です。
蓄熱技術はエネルギーを貯めて必要なときに使う技術であり、一般的には夜間の安価な電力を使って熱を蓄えます。
夜間に蓄えた熱を日中の空調に利用することで、昼間の電力消費を抑え、電気代を削減することができます。
蓄えた熱を使うことができるため、その分熱源容量を抑えることができ、イニシャルコストも抑えられます。
この記事では蓄熱について気にはなっていたが詳しくはわからないといった方向けに、蓄熱システム概要と具体的な計画手法について解説します。
蓄熱システムの長所と短所
長所 | 短所 |
---|---|
熱源機器容量が低減でき、それに伴い電気基本料金も低減される 蓄熱用電気料金が適用される。ピークカット運転を行うとさらに低減される 熱回収による省エネルギー運転が可能になる 負荷変動にタイムリーに追従できる 時間は限られるが、熱源機器の故障に対応できる 時間外負荷などの低負荷にも対応しやすい 消防水利や緊急用の備蓄水として利用できる | 駆体構築費用がかかる 二重ピットを利用する場合には、断熱・防水工事が必要になる システムが複雑になるため運転管理に手間がかかる 開放式水槽の場合にはポンプ揚程が増大する 配管の腐食対策も必要になる 適切な断熱が施されていないと、熱損失が大きい |
蓄熱技術とは?
蓄熱とは、熱を蓄え、それを必要なときに利用する技術です。
蓄熱には大きく分けて3つの種類があります。
顕熱蓄熱:物質の温度を上昇させて熱を蓄える方法
水がよく使われており、比較的簡単でコストが安いですが、エネルギー密度が低いため、多くのエネルギーを蓄えるには多くの水を貯水する必要があります。
潜熱蓄熱:物質が固体から液体に変化するときに熱を蓄える方法
水が氷になるときのように、物質の形態が変化する際に大量の熱を吸収・放出することを利用します。
潜熱蓄熱は、同じ体積でより多くのエネルギーを蓄えることができるため、効率的な熱の保存が可能です。
化学蓄熱:化学反応を利用して熱を蓄える方法
化学蓄熱はエネルギー密度が高く、長期間にわたってエネルギーを保存することができるため、災害時のエネルギー供給にも利用されています。
蓄熱技術のメリット
蓄熱技術を導入することには、いくつかの大きなメリットがあります。
1.昼間の電力ピークを削減できる
蓄熱技術を使って夜間の安価な電力で熱を蓄えることで、昼間の電力需要を抑えることができます。
2.エネルギーを効率的に利用できる
発電や暖房で生じた余剰エネルギーを保存でき、必要な時に再利用することで、全体的なエネルギー効率を向上させることができます。
特に太陽光や風力発電の余剰電力を熱エネルギーに変換して蓄えることで、再生可能エネルギーの利用を最大限に引き出すことが可能です。
3.停電時にも一定時間空調を継続できる
蓄熱技術を導入することで電気代を削減できるだけでなく、災害時には蓄えたエネルギーを利用することで電力供給の安定性が向上します。
病院やデータセンターなど、温度管理が重要な施設にとっては、電力供給が途絶えた後も一定期間蓄熱によって空調を継続できるため、BCPの観点からも大きなメリットがあります。
蓄熱技術のデメリット
蓄熱技術には多くの利点がありますが、以下のようなデメリットも指摘されています。
1. 設置コストが高い
蓄熱システムの導入には専用の蓄熱材や設備が必要となり、それなりの初期投資が必要になります。
大規模な水蓄熱を構築するには、地下に駆体水槽を構築する必要があるため初期段階からの計画への織り込みが必要になります。
2. 設置スペースが必要
蓄熱システムは比較的広いスペースが必要です。
水蓄熱であれば地下に巨大な水槽が必要になります。
氷蓄熱とすればタンクの設置スペースがあれば可能ですが、それでも敷地が狭小な場合には設置が難しい場合もあります。
3. 熱損失がある
蓄熱から時間が経つほど蓄熱材や容器からの熱損失が発生し、使用可能エネルギー量が減少します。
特に断熱が不十分な場合、保存期間が長くなるほど損失も大きくなるため、しっかりとした断熱が必須です。
4. 温度調整の難しさ
PCMなどの蓄熱材は、特定の温度範囲での使用に適していますが、設定した温度からの大きな変動が生じると、蓄熱効率が低下することがあります。
用途によっては、温度調整のための追加システムが必要になる場合があります。
5. 蓄熱材の劣化や腐食
長期間の使用により、無機塩系蓄熱材は腐食や劣化の問題が生じやすく、定期的な交換やメンテナンスが必要です。
また、パラフィン系の蓄熱材も長年使用すると物理的な劣化が見られることがあり、定期的なチェックが推奨されています。
蓄熱槽の用途と組み合わせ
蓄熱槽の用途として、冷熱を蓄える場合と温熱を蓄える場合があります。
年間の負荷状況により、以下の組み合わせがあります。
水槽の組み合わせ | 適用建物 |
---|---|
冷水/温水切替槽 | 小規模建物 |
冷水槽のみ | 小規模建物で年間冷水負荷がある場合 |
冷水槽+冷水/温水切替槽 | 中・大規模建物で年間冷水負荷がある場合 |
冷水槽+温水槽 | 中・大規模建物で年間温水負荷がある場合 |
蓄熱槽の分類
ここからは水蓄熱と潜熱蓄熱(氷蓄熱・PCM)について解説していきます。
水蓄熱の形式
単独温度成層型 | 連結温度成層型 | 連結完全混合型 | |
槽形式 | 単層形 | 連続槽形 | |
蓄熱方式 | 温度成層式 | 混合式 | |
構造 | |||
混合特性 | 押出し流れ | 単槽:押出し流れ連続層:押出し流れ | 単槽:完全混合連続層:押出し流れ |
特徴 | 蓄熱効率は高い 水深は深い方が良い 一般に専用水槽となる複数層を並列設置している例もある 冷水蓄熱/温水蓄熱で配管の切替が必要 | 蓄熱槽効率は高い 地下二重スラブ利用可 水深2m以上が望ましい 連通管サイズ大(流速0.1m/s以下) 水位差は混合式に比べ小さい 冷水蓄熱/温水蓄熱で配管の切替が必要 | 蓄熱槽効率は普通 地下二重スラブ利用可 水深1〜2m程度で可 連通管サイズ小(流速0.3m/s程度) 槽数は15以上が望ましい 連通管は上下左右にずらして設置する 水位差が大きくなるので注意が必要 |
潜熱蓄熱の形式
蓄熱体 | 氷 | PCM | |
製氷方式 | スタティック型 | ダイナミック型 | スタティック型 |
システム | |||
特徴 | 小〜中規模が多い着氷とともに、氷自体の熱抵抗により効率が低下する。 | 中〜大規模が多い製氷に伴う効率の低下がない過冷却方式リキッドアイス方式ハーベストタイプなど | 作動温度を選択できる(冷房用は0℃相変化)小〜中規模が多い |
潜熱蓄熱材(PCM)とは?
潜熱蓄熱材(PCM:Phase Change Material)は、物質が固体から液体、または液体から固体に変化する際にエネルギーを蓄える材料です。
PCMは、相変化を利用することで大量の熱を効率よく蓄えることができ、省エネや温度管理が求められる分野で幅広く利用されています。
PCMには、大きく分けてパラフィン系と無機塩系の2種類があります。
パラフィン系は化学的に安定しており、長時間での使用に適しています。
主に25〜70℃の比較的低温での蓄熱用途に適しており、軽量で加工がしやすくマイクロカプセル状など様々な形状に加工が可能です。
無機塩系はパラフィン系に比べてエネルギー密度が高く、より多くの熱を蓄えることができます。
100℃以上の高温域での蓄熱に適しており、産業用途や太陽熱発電の熱エネルギー保存などで利用されています。
PCMは、非常に効率的に熱を蓄えることができるため、多くの分野で応用されています。
冷凍食品や医薬品・ワクチン輸送において、温度を一定に保つためにPCMが使われ、品質を守る重要な役割を果たしています。
高密度蓄熱材の開発
最近では、高密度蓄熱技術が開発されており、従来の2倍以上のエネルギーを蓄えられる材料が登場しています。
エネルギー密度が高まったことにより、限られたスペースで多くのエネルギーを蓄え、効率的に熱管理を行うことが可能となっています。
これらの材料は環境にも配慮されており、リサイクル可能な素材で作られていることが多いです。
また、工場排熱をコンテナ型の高密度蓄熱材蓄熱し、これをトラックで別の熱需要のある工場に輸送し、オフラインでの熱融通を行う取り組みも始められています。
蓄熱槽の組み方
蓄熱槽の組み方には直列方式と並列方式があります。
小規模建物には制御の簡単な直列方式が、中・大規模建物には運用自由度が高い並列方式が選択されるケースが多いです。
水蓄熱システムでは蓄熱槽を並列に組み込むことが一般的です。
追いかけ運転を行うときは、放熱用ポンプ・放熱用熱交換器は追いかけ運転時の容量で決定します。
負荷側は所定の温度で蓄熱槽へ戻るよう、変流量方式が採用されるのでバイパス制御を行います。
氷蓄熱でも並列に組むことが一般的ですが、内融式の場合にはシステム的に簡単な直列設置とすることが多いです。
蓄熱空調システムの設計方法
蓄熱空調システムの設計ステップを以下に示します。
蓄熱空調システムの設計は複数のステップを経て行われます。以下に主要な設計ステップを示します。
1. 熱負荷計算
蓄熱空調システムの設計の第一歩は、建物の熱負荷を正確に計算することです。
– 時間別の熱負荷を算出する必要があります。
– ピーク負荷だけでなく、空調時間全体の負荷パターンを把握することが重要になります。
2. 蓄熱方式の選定
建物の特性や要求に基づいて、適切な蓄熱方式を選択します。
– 水蓄熱方式
– 氷蓄熱方式
– その他の潜熱蓄熱方式
利用可能なスペースや必要な蓄熱量などを考慮して選択します。
3. 蓄熱槽容量の決定
蓄熱槽の容量は、以下の要素を考慮して決定します:
– ピーク負荷日の日積算熱負荷の約半分を蓄熱できる容量が一般的です。
– 建物の年間熱負荷パターンを考慮します。
4. 熱源機器容量の決定
熱源機器の容量は、以下の式を参考に決定します(氷蓄熱の場合)
\[Hr=\frac{k_1*k_2*k_3*Q_d}{n_1*k_4+n_2}\]
\(Hr\):熱源機器容量 [kW]
\(k_1\):配管、蓄熱槽などの熱損失係数(=1.1)
\(k_2\):経年係数(=1.05)
\(k_3\):能力補償係数(=1.05)
\(Q_d\):日積算熱負荷 [kWh/日]
\(n_1\):熱源機器蓄熱運転時間 [h]
\(k_4\):製氷時の熱源能力係数(スタティック外融式=0.67、スタティック内融式=0.72、ダイナミック式=0.77)
\(n_2\):熱源機器追いかけ運転時間 [h]
5. 蓄熱槽タイプの選定
蓄熱槽のタイプを選定します。
– 温度成層型
– 連結混合槽型
– その他の特殊タイプ など
6. 必要蓄熱量の算定
蓄熱槽容量は簡略的に求める場合には最大日負荷に対し、どの程度蓄熱により賄うかによって決定します。
\[Q_r=\frac{q*r}{100}\]
\[q=Q_c*h*Φ\]
\(Q_r\):必要蓄熱量 [kW]
\(q\):最大日負荷 [kWh]
\(r\):蓄熱利用率(または蓄熱率) [%]
\(Q_c\):冷房ピーク負荷 [kW]
\(h\):空調運転時間 [h]
\(Φ\):平均負荷率
7. 蓄熱可能量の算定
\[Q_s=V_s*c*η*T\]
\(Q_s\):蓄熱可能量 [MJ]
\(V_s\):蓄熱槽容量(水量) [m3]
\(c\):水の比熱 4.18 [kJ/kg・k]
\(η\):蓄熱槽効率=実際に利用できる熱量/理論的に利用できる熱量
温度成層式で0.8〜0.9、混合式0.6〜0.8程度
\(T\):蓄熱温度差 [℃]=放熱完了温度ー蓄熱完了温度
例えば、η=0.8、T=9 [K]とすると、1m3あたりの蓄熱量は、
Qs=1,000 [kg/m3]×4.18×0.8×9=30.1 [MJ]
氷蓄熱では、蓄熱量は潜熱分と顕熱分の合計になります
\[Q_s=V_s*IPF*γ+V_s×c×T\]
\(Q_s\):蓄熱可能量 [MJ]
\(γ\):水の融解熱 334 [kJ/kg]
\(c\):水の比熱 4.18 [kJ/kg・K]
\(V_s\):蓄熱槽容量(水量)[m3]
\(IPF\):氷充填率 一般に0.4〜0.6
\(T\):放熱限界温度
例えば、IPF=0.5、放熱限界温度を7Kとすると1m3あたりの蓄熱量は、
Qs=1,000 [kg/m3]×(0.5×334+4.18×7)=196 [MJ/m3]
8. システム構成の決定
蓄熱槽、熱源機器、配管系統などのシステム全体の構成を決定します。
9. 制御方式の決定
蓄熱槽の温度管理や熱源機器の運転スケジュールなどの蓄熱・放熱の制御方式を決定します。
10. シミュレーションと最適化
設計したシステムの性能をシミュレーションし、必要に応じて各パラメータを調整して最適化を図ります。
11. 経済性・環境性の評価
設計したシステムの経済性(イニシャルコストとランニングコスト)と環境性を評価し、必要に応じて設計を見直します。
まとめ
蓄熱技術は負荷を平準化し、熱源容量を小さくできることでエネルギー消費量・コストの削減ができるだけでなく、災害時のバックアップにもなります。
導入にあたってはイニシャルコストやスペースなど、クリアすべき課題の多い技術ではあります。
しかし、蓄熱システムを導入する建物が増え、また蓄えたエネルギーをオンライン・オフラインで融通しあえるシステムを確立することができれば、社会全体でのカーボンニュートラル、災害に強い社会インフラとなります。
今後も蓄熱技術の開発・普及に注目していきたいと思います。
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